実家地域を流れる川のそばに茱萸(グミ)が自生している。
少年の頃は友人たちと河原に下りて甘い茱萸を探しまわったものだが、そのほとんどは渋く、甘い実のなる木は少なかったように思う。
今でもその川の近くを通るときは、ついつい茱萸の木に目がいってしまう(^-^;
とは言え、もう何年も野生の茱萸を口にしていない。
時期は…と調べてみたら、9~11月と図鑑に書かれていた。もう時期の終わりだった。
少年の頃は友人たちと河原に下りて甘い茱萸を探しまわったものだが、そのほとんどは渋く、甘い実のなる木は少なかったように思う。
今でもその川の近くを通るときは、ついつい茱萸の木に目がいってしまう(^-^;
とは言え、もう何年も野生の茱萸を口にしていない。
時期は…と調べてみたら、9~11月と図鑑に書かれていた。もう時期の終わりだった。
昔は、何も、無かったんです!
2021年9月16日 エッセイ小学校のときのことだが、社会科の授業の一環で地域の長老格の人を招いて昔のことを聞く機会があった。
農作業に関しての話を中心にしてもらったという記憶が朧気にあるが、そこでのひと言が口調そのままに記憶に残っている。
まぁ要するに、今と違って(と言っても30年以上も昔の話だ)トラクターその他が無いから人海戦術で田植えから鎌を使って刈り取りまでやっていたんです的な話だったと思う。
そんなわけで、今の皆さんは何かにつけてすごく恵まれてるんですよ…という感じの結びで話が終わったのだが、僕らは長老格の言った「昔は、何も、無かったんです!」の口調が今で言うところの“ツボにハマって”しばらくの間、方々で真面目くさった顔をしてそのひと言を真似する日が続いた。
馬鹿な少年だった(笑)
農作業に関しての話を中心にしてもらったという記憶が朧気にあるが、そこでのひと言が口調そのままに記憶に残っている。
まぁ要するに、今と違って(と言っても30年以上も昔の話だ)トラクターその他が無いから人海戦術で田植えから鎌を使って刈り取りまでやっていたんです的な話だったと思う。
そんなわけで、今の皆さんは何かにつけてすごく恵まれてるんですよ…という感じの結びで話が終わったのだが、僕らは長老格の言った「昔は、何も、無かったんです!」の口調が今で言うところの“ツボにハマって”しばらくの間、方々で真面目くさった顔をしてそのひと言を真似する日が続いた。
馬鹿な少年だった(笑)
先日、100円ショップを覗いてみた。
食器から文房具、観葉植物まで全て100円ではないが置いてあり、見るだけでも楽しい空間であった。
その中に、椅子の脚用のアイテムがあるのが目に入った。畳やカーペットならともかく、フローリング床は傷が付きやすい。そういう点を狙ってのものだろう。
いま住んでいる物件がまさにフローリング床である。
椅子が2脚あるのだが、そこにだけふかふかの絨毯を敷いて床を保護している。椅子の脚はローラーだったり横パイプだったり4つ足だったりするが、何とちょうど4つ足のそれで、サイズもピッタリな感じだ。
その日は買わずに帰ってきたのだが、う~ん、猫アイテムならちょっと欲しいぞ(笑)
食器から文房具、観葉植物まで全て100円ではないが置いてあり、見るだけでも楽しい空間であった。
その中に、椅子の脚用のアイテムがあるのが目に入った。畳やカーペットならともかく、フローリング床は傷が付きやすい。そういう点を狙ってのものだろう。
いま住んでいる物件がまさにフローリング床である。
椅子が2脚あるのだが、そこにだけふかふかの絨毯を敷いて床を保護している。椅子の脚はローラーだったり横パイプだったり4つ足だったりするが、何とちょうど4つ足のそれで、サイズもピッタリな感じだ。
その日は買わずに帰ってきたのだが、う~ん、猫アイテムならちょっと欲しいぞ(笑)
一度見聞きしたら忘れられないもの
2021年8月11日 エッセイそういうものがいくつかあるので挙げてみる。
《Island of Wak-Wak》
MTGの古~いカードである。
ワクワク(の)島!なんて楽しそうなカード名だろうか。イラストも…と思って画像検索したら、髭面のオッサンが手を広げて飛んでいる?姿が描かれていた。マナの出ない土地で、飛行クリーチャーの基本のパワーを0にする能力がある。アラビアンナイト…千夜一夜物語を題材として作られたセットで、この島のモデルとなったのは何と日本というから、2度びっくりした。
「ダーツの旅」のテーマ曲
所ジョージさんの番組の(たぶん)人気コーナーで流れる曲。毎週聞いていたが、何と歌っているのか分からず、聞こえたままデタラメに口ずさんでいた(笑) 今でこそ検索して調べることができるが、当時は…。
オオサンショウウオ
天然記念物。
川が氾濫したときなどに姿を現す巨大生物。富山には生息していない。小型種のみ。小学生の頃、川で捕まえてきたら「ダメダメ!返して来なさい」と怒られた。でも昔の人はオオサンショウウオ、食べてたらしいね。誰だかの作品で読んだ記憶がある。“腹を開くと山椒の香りが…”というような記述があって、それがサンショウウオの名前の由来だとかなんとか。
他にもあるが、とりあえず3つ。
《Island of Wak-Wak》
MTGの古~いカードである。
ワクワク(の)島!なんて楽しそうなカード名だろうか。イラストも…と思って画像検索したら、髭面のオッサンが手を広げて飛んでいる?姿が描かれていた。マナの出ない土地で、飛行クリーチャーの基本のパワーを0にする能力がある。アラビアンナイト…千夜一夜物語を題材として作られたセットで、この島のモデルとなったのは何と日本というから、2度びっくりした。
「ダーツの旅」のテーマ曲
所ジョージさんの番組の(たぶん)人気コーナーで流れる曲。毎週聞いていたが、何と歌っているのか分からず、聞こえたままデタラメに口ずさんでいた(笑) 今でこそ検索して調べることができるが、当時は…。
オオサンショウウオ
天然記念物。
川が氾濫したときなどに姿を現す巨大生物。富山には生息していない。小型種のみ。小学生の頃、川で捕まえてきたら「ダメダメ!返して来なさい」と怒られた。でも昔の人はオオサンショウウオ、食べてたらしいね。誰だかの作品で読んだ記憶がある。“腹を開くと山椒の香りが…”というような記述があって、それがサンショウウオの名前の由来だとかなんとか。
他にもあるが、とりあえず3つ。
民族性なのかもしれないが、日本人は他者や他民族に気を使いすぎだ。
ときどき耳にするのが、駅の案内表示のこと。
日本語と英語だけでじゅうぶんだろうに、中国語、韓国語など、多すぎて見たい情報がなかなか見つけられない!と不満に思う人が多いと聞く。
行きすぎた配慮ほど迷惑なものはない。
そこに住む者たちが不自由してまで配慮しなければならないことではないだろう。
いい加減しつこいと言われるだろうが、また書く。
「特定の人たちも利用できる飲食店に!」と、強引な提案(その実態は主義主張の押し付け。完全に迷惑行為)をして回っている集団がいる。本人たちがそう言っていたのだから、いろんなところで活動という名の迷惑行為をしているのだと分かる。
自分たちだけでやれば良いのに、何故それをゴリ押ししてくるのか?
学食やレストランなどでは、ある程度そういう偏食な人たちにも対応できるだろうが、大小かまわず飲食店を襲撃してまで思想の押し付けをするのは違うだろう。
実際に目にして自身も実害を被った。
店主がやんわりと断っているのに、正義の使者気取りなのか、肉食がダメな人たちの主義主張を押し付けてくる。挙げ句、貸し切りにしているわけでもないのに、我が物顔で大騒ぎして「あとでプレゼンをしますから!」(本当にこう言った。させてほしい、ではなく)これは営業妨害だろう。
こんなだから嫌われる。テロリスト呼ばわりすらされるのだ。
僕自身、変わった人たちだなぁ…くらいの印象だったのが、「大ッ嫌いな奴ら」に変わった。
二度と関わりたくない、それくらい嫌いだ。
ときどき耳にするのが、駅の案内表示のこと。
日本語と英語だけでじゅうぶんだろうに、中国語、韓国語など、多すぎて見たい情報がなかなか見つけられない!と不満に思う人が多いと聞く。
行きすぎた配慮ほど迷惑なものはない。
そこに住む者たちが不自由してまで配慮しなければならないことではないだろう。
いい加減しつこいと言われるだろうが、また書く。
「特定の人たちも利用できる飲食店に!」と、強引な提案(その実態は主義主張の押し付け。完全に迷惑行為)をして回っている集団がいる。本人たちがそう言っていたのだから、いろんなところで活動という名の迷惑行為をしているのだと分かる。
自分たちだけでやれば良いのに、何故それをゴリ押ししてくるのか?
学食やレストランなどでは、ある程度そういう偏食な人たちにも対応できるだろうが、大小かまわず飲食店を襲撃してまで思想の押し付けをするのは違うだろう。
実際に目にして自身も実害を被った。
店主がやんわりと断っているのに、正義の使者気取りなのか、肉食がダメな人たちの主義主張を押し付けてくる。挙げ句、貸し切りにしているわけでもないのに、我が物顔で大騒ぎして「あとでプレゼンをしますから!」(本当にこう言った。させてほしい、ではなく)これは営業妨害だろう。
こんなだから嫌われる。テロリスト呼ばわりすらされるのだ。
僕自身、変わった人たちだなぁ…くらいの印象だったのが、「大ッ嫌いな奴ら」に変わった。
二度と関わりたくない、それくらい嫌いだ。
言葉の好き嫌いがある人は物書きに向いているというが、僕がそうではないのは昔、嫌というほど思い知らされた。
卒論か製作かを選ぶことになったとき、論理的な思考・文章の組み立てが得意でない僕は製作のほうに逃げた。それでも結果は散々で、とても作品とは言えない、論評に値しない産廃しか創造できなかった。教授もコメントに困るようなゴミでしかなく、僕にとっても黒歴史になった。
鑑賞と分析、論評にはまあまあ自信があるが、論理的説明が苦手。
うまく気分が乗ればそこそこなんとかなるが、そうならなかったときは悲惨。
ピークは大学受験までだった(笑)
卒論か製作かを選ぶことになったとき、論理的な思考・文章の組み立てが得意でない僕は製作のほうに逃げた。それでも結果は散々で、とても作品とは言えない、論評に値しない産廃しか創造できなかった。教授もコメントに困るようなゴミでしかなく、僕にとっても黒歴史になった。
鑑賞と分析、論評にはまあまあ自信があるが、論理的説明が苦手。
うまく気分が乗ればそこそこなんとかなるが、そうならなかったときは悲惨。
ピークは大学受験までだった(笑)
上司から、お裾分けでもらった。
3.11以降、福島をはじめとして東北3県?の農産物や海産物が安全を確認されたあとも風評被害に苦しんだ。現在、気にする者はほぼいないと思う。
昔、学校で学んだが福島は桃やブドウ、リンゴなどで有名だったはず。
これは期待大!と思いながら口にしてみる。
…ホッとする、やさしい感じの風味(語彙が貧しい)。
もらってそのまま、冷えてなくても美味しくいただいた。
3.11以降、福島をはじめとして東北3県?の農産物や海産物が安全を確認されたあとも風評被害に苦しんだ。現在、気にする者はほぼいないと思う。
昔、学校で学んだが福島は桃やブドウ、リンゴなどで有名だったはず。
これは期待大!と思いながら口にしてみる。
…ホッとする、やさしい感じの風味(語彙が貧しい)。
もらってそのまま、冷えてなくても美味しくいただいた。
朝、門の上にカエルが一匹いるのに気付いた。
体長3センチメートルくらいの小さなカエルだ。
時おり雨粒が落ちてくる中、じっとしている。
梅雨の時期のよくある風景。
体長3センチメートルくらいの小さなカエルだ。
時おり雨粒が落ちてくる中、じっとしている。
梅雨の時期のよくある風景。
まるでカルガモ親子!
2021年5月27日 エッセイ コメント (2)朝の通勤時間帯は、小中学生の通学時間と被っている。
職場のある山手は「こんなにいるのか!」と思うほどに児童数・生徒数が多い。海抜が同じくらいなのに過疎化している実家地域とは大違いだ。
途中の小さな交差点で信号待ちをしているランドセルの群れに遭遇する。
信号が青になり、僕の車は左折のウィンカーを出してランドセルたちが横断歩道を渡りきるのを待つ。
…遅い!遅延行為をしているんじゃないかと思うほどだ。その様子は、慣れない横断をするカルガモ親子のようだった。
職場のある山手は「こんなにいるのか!」と思うほどに児童数・生徒数が多い。海抜が同じくらいなのに過疎化している実家地域とは大違いだ。
途中の小さな交差点で信号待ちをしているランドセルの群れに遭遇する。
信号が青になり、僕の車は左折のウィンカーを出してランドセルたちが横断歩道を渡りきるのを待つ。
…遅い!遅延行為をしているんじゃないかと思うほどだ。その様子は、慣れない横断をするカルガモ親子のようだった。
先日、ハーブ喫茶でカレー粉を買ってきた。
お土産コーナー?に、たくさんのハーブに加えて少量ながらスパイスも置かれている。
「野菜炒め、魚料理、肉料理、何にでも使えますよ」ということで、試しに一袋。
「カレー粉あるし、何か料理でもしてみんまいか」(※富山弁:「~してみないか」)と、自分をそういう気にさせる目的もある(笑)
ついでに、「ハーブとスパイス、何が違うのか?」についてもお勉強。…なるほど、自家栽培できるのがハーブ、ね。理解した。
お土産コーナー?に、たくさんのハーブに加えて少量ながらスパイスも置かれている。
「野菜炒め、魚料理、肉料理、何にでも使えますよ」ということで、試しに一袋。
「カレー粉あるし、何か料理でもしてみんまいか」(※富山弁:「~してみないか」)と、自分をそういう気にさせる目的もある(笑)
ついでに、「ハーブとスパイス、何が違うのか?」についてもお勉強。…なるほど、自家栽培できるのがハーブ、ね。理解した。
小学生のとき、自転車検定なるものがあり、それに合格しないと村の道を自転車で走ることを許されなかった。
僕はこの自転車検定に合格できず、自転車に乗れないままだった(^-^;
自動車を運転するようになって20年以上になるが、公道を走っていて一番恐いのが、お年寄りの運転する車でも歩行者でもなく、自転車乗り!これが一番恐い。
富山市に引っ越してきて、交差点その他で何度も何度も何度も何度も自転車乗りを轢きそうになっている。自転車乗りのマナーが悪すぎるのだ。
ときどき、チューゴクか発展途上国かと錯覚してしまう(冗談抜きで!)
ついさっきも、右車線の歩道を堂々逆走してきた自転車乗りの兄ちゃんとあわや接触しそうになった!
歩行者気分?で薄暮の歩道を逆走するなんて、イカレてる。ライトも視認が難しいほどに弱かった。ほとんどテロ行為だと思う。プリウスミサイルに倣って言えば、“チャリンコミサイル”だ。
思い出しカキコ。
僕はこの自転車検定に合格できず、自転車に乗れないままだった(^-^;
自動車を運転するようになって20年以上になるが、公道を走っていて一番恐いのが、お年寄りの運転する車でも歩行者でもなく、自転車乗り!これが一番恐い。
富山市に引っ越してきて、交差点その他で何度も何度も何度も何度も自転車乗りを轢きそうになっている。自転車乗りのマナーが悪すぎるのだ。
ときどき、チューゴクか発展途上国かと錯覚してしまう(冗談抜きで!)
ついさっきも、右車線の歩道を堂々逆走してきた自転車乗りの兄ちゃんとあわや接触しそうになった!
歩行者気分?で薄暮の歩道を逆走するなんて、イカレてる。ライトも視認が難しいほどに弱かった。ほとんどテロ行為だと思う。プリウスミサイルに倣って言えば、“チャリンコミサイル”だ。
思い出しカキコ。
母の実家は代々、村長を務めてきた。
昭和はもちろん、平成に入っても「村長さんの家」と言えば通じた。今は知らない。
話を聞くに、お祖父様の父の代まで村長をしていたようだ。
お祖父様から聞いた村長の息子時代の話を1つ挙げる。
お祖父様が子供の頃というから昭和の初め、村にタクシーが2台しか無かった時分に優先で使用できたのだそうだ。
今は周りに大きな家がいくつも建ったが、敷地の広さもさることながら僕が小さな頃はお祖父様の家はすごく目立っていた。
さて、ここからは記憶を頼りに間取りを説明してみる。
道から少し入った所に石でできた門があり、右手にちょっとした庭園、左手は中庭が覗けないように樹木の壁。
その間を進んだ先に開けた場所があり、家と二階建ての納屋。さらに納屋の奥に米蔵を内蔵した土蔵がある。3つの建物は通路で結ばれており、雨風を避けて行き来できる。
通路のついた場所が勝手口で、玄関は家人および一般客用と、お祖父様および賓客用の2つがある。
お祖父様および賓客用の玄関を上がると目の前に応接間(室)、その左手に大広間がある。
公民館などがなかった時代、そこで会合などをしたのだろう。
大広間の奥に客間がある。ここの縁側から中庭に出ることもできる。
家人用の玄関から入ると右手にトイレと土蔵や納屋に向かう通路。この玄関には年中、おばたちの手による生け花が飾られていた。
玄関からまっすぐ進むとさらに浴室、突き当たりに食器が収納された棚、右に台所、左に居間。
この居間が普段の食事場所だった。
窓の外には裏庭と池。池の中でもこのエリアは比較的浅く、川魚が泳いでいた。
台所は典型的な昭和のお台所といった感じのものだ。台所の真下、窓側にも池が続いており、そこは少し深く、丸々とした鯉の泳ぐエリアだった。池は浴室の外側で終わっていて、そこは金魚のエリアだったように思う。
玄関から見て手前のエリアが来客用、奥が家人用という間取りだ。
廊下は家人用の玄関からまっすぐに延びており、突き当たりで左に折れて、家屋の南側にやはりまっすぐ延びて、その突き当たり、最も南側がお祖父様の部屋だった。その手前に化粧部屋。鏡台が置かれていた。
お祖父様の部屋に隣接して書斎。
書斎の壁際に隠し階段がある。
昔、従兄弟たちと二階側から隠し階段を発見して大興奮したものだが(笑)、お祖父様の書斎に通じているとは知らなかった。
一階はこんな感じ。
二階に上がるメイン階段は家のちょうど中央に位置しており、少し急な階段だった。
二階はおばたちの部屋と、布団部屋?、あとよく分からないエリアがあった。鳩の出入りできる天窓みたいのがあった気がする。
今は叔母の代になり、居間もキッチンもモダンな空間に変身してしまった。
池も水が抜かれて埋め立てるという。
村長さんの家としての役目を終えたからか、庭園の手入れもあまりされていない様子。
敷地は変わらず広大だが、昔を思い出すに、さびしさはつのる一方だ。
昭和の家というテーマで書いてみた。
実家を描写したのではつまらないので、在りし日のお祖父様の家のことを書いた。
昭和はもちろん、平成に入っても「村長さんの家」と言えば通じた。今は知らない。
話を聞くに、お祖父様の父の代まで村長をしていたようだ。
お祖父様から聞いた村長の息子時代の話を1つ挙げる。
お祖父様が子供の頃というから昭和の初め、村にタクシーが2台しか無かった時分に優先で使用できたのだそうだ。
今は周りに大きな家がいくつも建ったが、敷地の広さもさることながら僕が小さな頃はお祖父様の家はすごく目立っていた。
さて、ここからは記憶を頼りに間取りを説明してみる。
道から少し入った所に石でできた門があり、右手にちょっとした庭園、左手は中庭が覗けないように樹木の壁。
その間を進んだ先に開けた場所があり、家と二階建ての納屋。さらに納屋の奥に米蔵を内蔵した土蔵がある。3つの建物は通路で結ばれており、雨風を避けて行き来できる。
通路のついた場所が勝手口で、玄関は家人および一般客用と、お祖父様および賓客用の2つがある。
お祖父様および賓客用の玄関を上がると目の前に応接間(室)、その左手に大広間がある。
公民館などがなかった時代、そこで会合などをしたのだろう。
大広間の奥に客間がある。ここの縁側から中庭に出ることもできる。
家人用の玄関から入ると右手にトイレと土蔵や納屋に向かう通路。この玄関には年中、おばたちの手による生け花が飾られていた。
玄関からまっすぐ進むとさらに浴室、突き当たりに食器が収納された棚、右に台所、左に居間。
この居間が普段の食事場所だった。
窓の外には裏庭と池。池の中でもこのエリアは比較的浅く、川魚が泳いでいた。
台所は典型的な昭和のお台所といった感じのものだ。台所の真下、窓側にも池が続いており、そこは少し深く、丸々とした鯉の泳ぐエリアだった。池は浴室の外側で終わっていて、そこは金魚のエリアだったように思う。
玄関から見て手前のエリアが来客用、奥が家人用という間取りだ。
廊下は家人用の玄関からまっすぐに延びており、突き当たりで左に折れて、家屋の南側にやはりまっすぐ延びて、その突き当たり、最も南側がお祖父様の部屋だった。その手前に化粧部屋。鏡台が置かれていた。
お祖父様の部屋に隣接して書斎。
書斎の壁際に隠し階段がある。
昔、従兄弟たちと二階側から隠し階段を発見して大興奮したものだが(笑)、お祖父様の書斎に通じているとは知らなかった。
一階はこんな感じ。
二階に上がるメイン階段は家のちょうど中央に位置しており、少し急な階段だった。
二階はおばたちの部屋と、布団部屋?、あとよく分からないエリアがあった。鳩の出入りできる天窓みたいのがあった気がする。
今は叔母の代になり、居間もキッチンもモダンな空間に変身してしまった。
池も水が抜かれて埋め立てるという。
村長さんの家としての役目を終えたからか、庭園の手入れもあまりされていない様子。
敷地は変わらず広大だが、昔を思い出すに、さびしさはつのる一方だ。
昭和の家というテーマで書いてみた。
実家を描写したのではつまらないので、在りし日のお祖父様の家のことを書いた。
泳ぎの苦手な子供だった。
ド田舎の小学校で、当たり前のように(?)25mプールがあった。
そういうわけで、夏の間の水泳の授業が苦で仕方なかった(^-^;
クラスメイトが次々に赤帽を卒業していく中、僕はずっとそのままだった。泳げない、と諦めていたのであまり劣等感は無かった(笑)
それからしばらくして…高学年の頃だったか、隣の市にスイミングスクールがオープンした。
車で30分ほどの距離だったこともあり、見かねた母の「通われよ」ひと声もあり、そこに通うことになった。
練習は週1回、土曜日の午後だったと思う。
送迎のバスに乗って行くのだが、乗り物…特にバスに弱い僕にはたまったものではなかった。
当然のように、しょっちゅう酔い、練習どころではなく、何度か練習を休んだはずだ。水泳の練習よりもバスが嫌だったかもしれない(笑)
それでも、それなりに上達した。
昇級していく仕組みで、1年と少しでクロール、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライまで習得した。…や、バタフライは途中までだったかも。
今となっては水泳をする機会なんて無いが、まぁ役にたったんじゃないかと思う。
ド田舎の小学校で、当たり前のように(?)25mプールがあった。
そういうわけで、夏の間の水泳の授業が苦で仕方なかった(^-^;
クラスメイトが次々に赤帽を卒業していく中、僕はずっとそのままだった。泳げない、と諦めていたのであまり劣等感は無かった(笑)
それからしばらくして…高学年の頃だったか、隣の市にスイミングスクールがオープンした。
車で30分ほどの距離だったこともあり、見かねた母の「通われよ」ひと声もあり、そこに通うことになった。
練習は週1回、土曜日の午後だったと思う。
送迎のバスに乗って行くのだが、乗り物…特にバスに弱い僕にはたまったものではなかった。
当然のように、しょっちゅう酔い、練習どころではなく、何度か練習を休んだはずだ。水泳の練習よりもバスが嫌だったかもしれない(笑)
それでも、それなりに上達した。
昇級していく仕組みで、1年と少しでクロール、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライまで習得した。…や、バタフライは途中までだったかも。
今となっては水泳をする機会なんて無いが、まぁ役にたったんじゃないかと思う。
10年ほど前、脚を悪くして入院していた市民病院に、英語にしたら「トゥルーラヴ」な娘さんがいた。
彼女は介護員という立場で病棟に出入りしていた…つまり、正規の病院職員ではなく外注…非正規だった。もう1人、同じくらいの年代でボーイッシュな髪型で元気の良い子がいたが、こちらは名前を失念してしまった。
いわゆる“キラキラネーム”が認知され始めたのはいつだったか…けれど、このトゥルーラヴさんはどちらとも言えない微妙なところだと思う(失礼!)
名前のインパクトが強すぎて、この子の名字も覚えていない。入院生活で暇を持て余していたので当時つけていた日記ノートが実家に残っていれば分かるかもしれないが。
読めない、降参!ということで、失礼を承知で名前の読みを聞いたら…。
彼女は介護員という立場で病棟に出入りしていた…つまり、正規の病院職員ではなく外注…非正規だった。もう1人、同じくらいの年代でボーイッシュな髪型で元気の良い子がいたが、こちらは名前を失念してしまった。
いわゆる“キラキラネーム”が認知され始めたのはいつだったか…けれど、このトゥルーラヴさんはどちらとも言えない微妙なところだと思う(失礼!)
名前のインパクトが強すぎて、この子の名字も覚えていない。入院生活で暇を持て余していたので当時つけていた日記ノートが実家に残っていれば分かるかもしれないが。
読めない、降参!ということで、失礼を承知で名前の読みを聞いたら…。
時代劇の好きな少年だった。
夜8時とか9時が近くなると、いそいそとテレビのある部屋に行く。そして祖父母と一緒にテレビに向かうのだ。
あの頃…80~90年代に放送していた作品はほとんど全て視聴したのではないか。マツケンの『暴れん坊将軍』だけは昼に視聴していた気がする。殿様が爺の目をぬすんで城を抜け出して町に遊びに行き、…というのがお茶目に感じた(笑)
この作品と並んで好きだったのが、『鬼平犯科帳』
主人公の鬼平こと長谷川平蔵の名字が親類と同じだったのも親近感を持った理由の1つだと思う。
夜8時とか9時が近くなると、いそいそとテレビのある部屋に行く。そして祖父母と一緒にテレビに向かうのだ。
あの頃…80~90年代に放送していた作品はほとんど全て視聴したのではないか。マツケンの『暴れん坊将軍』だけは昼に視聴していた気がする。殿様が爺の目をぬすんで城を抜け出して町に遊びに行き、…というのがお茶目に感じた(笑)
この作品と並んで好きだったのが、『鬼平犯科帳』
主人公の鬼平こと長谷川平蔵の名字が親類と同じだったのも親近感を持った理由の1つだと思う。
日本の市場で流通している輸入バナナは、そのほとんどがフィリピン産のものだという。次いでエクアドル産。台湾産は数パーセントに留まっているという。
確かに、スーパーで目にするバナナのほとんどはフィリピン産だ。それしか置いてないスーパーも珍しくない。
昔は台湾産が流通トップだったそうだが、いつの頃からか下位に転落している。
僕は台湾産のバナナが好きだ。
モチモチとした食感が特に気に入っている。
スーパーでのお値段はフィリピン産の倍くらいだが、値段はあまり気にならない。
…別にレアものだから好きだというわけではないよ?
確かに、スーパーで目にするバナナのほとんどはフィリピン産だ。それしか置いてないスーパーも珍しくない。
昔は台湾産が流通トップだったそうだが、いつの頃からか下位に転落している。
僕は台湾産のバナナが好きだ。
モチモチとした食感が特に気に入っている。
スーパーでのお値段はフィリピン産の倍くらいだが、値段はあまり気にならない。
…別にレアものだから好きだというわけではないよ?
ときどきパンを食べるので、ジャムも買う。
ちょっぴり贅沢をして、購入先はパン屋か喫茶店。
秋頃に、たまにしか利用しないパン屋で無花果ジャムをひと瓶、購入した。600円くらいだったと思う。
先日、使ってみて、予想以上の美味しさにびっくりした。
他には先日、ハーブ喫茶でも自家製みかんジャムを買ってきた。
こちらはしばらくお預けだ。
ちょっぴり贅沢をして、購入先はパン屋か喫茶店。
秋頃に、たまにしか利用しないパン屋で無花果ジャムをひと瓶、購入した。600円くらいだったと思う。
先日、使ってみて、予想以上の美味しさにびっくりした。
他には先日、ハーブ喫茶でも自家製みかんジャムを買ってきた。
こちらはしばらくお預けだ。
親類にTという叔父がいる。
フツーの会社員だったが、セミプロ級の絵描きでもある。
実家に彼の描いた作品が幾つか飾られている。
油絵の大型のものが2作と、水彩画が幾つか。
前者のうち1つは、玄関の壁際に飾られている。
近くの河川…黒部川を描いたものだ。
もう1つは階段の上がり口にあり、静物画だ。
後者はいくつかの部屋にある。
僕が家を出る前に使っていた部屋にもあった。
スキー場から眼下の温泉街を描いたもので、「これが欲しい!」と希望して譲り受けたものだ。
僕が物心ついた頃には水彩画しか描かなくなっていたが、中~高校生くらいの頃まで毎年、夏頃に絵を描きに帰って来ていた。
そういう縁もあってか、僕は絵画を鑑賞するのが好きだ。
フツーの会社員だったが、セミプロ級の絵描きでもある。
実家に彼の描いた作品が幾つか飾られている。
油絵の大型のものが2作と、水彩画が幾つか。
前者のうち1つは、玄関の壁際に飾られている。
近くの河川…黒部川を描いたものだ。
もう1つは階段の上がり口にあり、静物画だ。
後者はいくつかの部屋にある。
僕が家を出る前に使っていた部屋にもあった。
スキー場から眼下の温泉街を描いたもので、「これが欲しい!」と希望して譲り受けたものだ。
僕が物心ついた頃には水彩画しか描かなくなっていたが、中~高校生くらいの頃まで毎年、夏頃に絵を描きに帰って来ていた。
そういう縁もあってか、僕は絵画を鑑賞するのが好きだ。
遊びの中からいろいろ学んでいくのが子供の仕事と言える。
雪国の子たちは、ほぼ例外なくその一環で親兄弟、祖父母などから除雪のやり方を学ぶ。
僕もそうだ。
山あいの村に生まれ育ったこともあり、娯楽は少なく、冬は外ではスキーか雪遊びか除雪くらいしかしていない気がする。
ずいぶん前に1度書いたが、雨と違って雪はしんしんと音も無く降る。窓の外を見るまで、どのくらい積もったのか分からない。
就寝していると、3時4時といった未だ暗いうちからザクザクと近所の人が除雪を始める音が聞こえ始める。地域みんなが一斉に除雪を始めると、道路脇の川が放り込まれた雪で溢れかえってしまうので、特に示し合わせたものではないが時間をずらして作業するのだ。
大雪の年ともなれば、平日は家にいる者が皆、除雪に駆り出される。休日は家族総出で行う。
実家は庭がそれなりに広いので、今年のように豪雪とも言える積雪になると除雪が大変だ。それでも皆、生き生きと除雪に励む。除雪が娯楽になっている、とも言える。
それでも毎日毎日除雪をさせられることになると、さすがに嫌になってくる。そんなとき、しばしば僕は“いかにして自宅前の川を溢れさせるか”を考えていた(笑)
川が雪で詰まって、道路に水が溢れかえると除雪が一時中止になる。見廻りをしている区長や同等の位置にある者が「中止、中止~!」と、触れてまわる
のだ。
そのうち何度も何度も僕が意図的に川を詰めるので、家族の監視が付くようになってしまった(笑)
しんどい除雪作業の中のほぼ唯一の楽しみだったので、それはもう頑張って工夫して川を詰まらせ、溢れさせたものだ。
脱線、脱線。
とまぁ…そういうわけで、効率の良い除雪のやり方は身についている。
今回のような大雪で一面真っ白になり、どこから手をつけていいのか分からなくなった駐車場の除雪は、なし崩し的に僕が計画を立てて除雪をしていくことになってしまった。
不満があるとすれば、適当な雪捨て場や、何よりも…溢れさせる川が無いことだ(^-^;
雪国の子たちは、ほぼ例外なくその一環で親兄弟、祖父母などから除雪のやり方を学ぶ。
僕もそうだ。
山あいの村に生まれ育ったこともあり、娯楽は少なく、冬は外ではスキーか雪遊びか除雪くらいしかしていない気がする。
ずいぶん前に1度書いたが、雨と違って雪はしんしんと音も無く降る。窓の外を見るまで、どのくらい積もったのか分からない。
就寝していると、3時4時といった未だ暗いうちからザクザクと近所の人が除雪を始める音が聞こえ始める。地域みんなが一斉に除雪を始めると、道路脇の川が放り込まれた雪で溢れかえってしまうので、特に示し合わせたものではないが時間をずらして作業するのだ。
大雪の年ともなれば、平日は家にいる者が皆、除雪に駆り出される。休日は家族総出で行う。
実家は庭がそれなりに広いので、今年のように豪雪とも言える積雪になると除雪が大変だ。それでも皆、生き生きと除雪に励む。除雪が娯楽になっている、とも言える。
それでも毎日毎日除雪をさせられることになると、さすがに嫌になってくる。そんなとき、しばしば僕は“いかにして自宅前の川を溢れさせるか”を考えていた(笑)
川が雪で詰まって、道路に水が溢れかえると除雪が一時中止になる。見廻りをしている区長や同等の位置にある者が「中止、中止~!」と、触れてまわる
のだ。
そのうち何度も何度も僕が意図的に川を詰めるので、家族の監視が付くようになってしまった(笑)
しんどい除雪作業の中のほぼ唯一の楽しみだったので、それはもう頑張って工夫して川を詰まらせ、溢れさせたものだ。
脱線、脱線。
とまぁ…そういうわけで、効率の良い除雪のやり方は身についている。
今回のような大雪で一面真っ白になり、どこから手をつけていいのか分からなくなった駐車場の除雪は、なし崩し的に僕が計画を立てて除雪をしていくことになってしまった。
不満があるとすれば、適当な雪捨て場や、何よりも…溢れさせる川が無いことだ(^-^;
3、4組所持している。
フツーの靴下だと縫い目が擦れて痛いので、何か良いものはないか…と考えていたところ、日記仲間のヒコヒコさんから五本指の靴下があるとの情報をもらって、以来、晩秋から冬のシーズンの間、愛用している。
今シーズンも先月から履き始めた。
冷え症なので、多少なりとも足の指先が暖かいと嬉しい。
生地も厚く、傷みづらいのもマル。
フツーの靴下だと縫い目が擦れて痛いので、何か良いものはないか…と考えていたところ、日記仲間のヒコヒコさんから五本指の靴下があるとの情報をもらって、以来、晩秋から冬のシーズンの間、愛用している。
今シーズンも先月から履き始めた。
冷え症なので、多少なりとも足の指先が暖かいと嬉しい。
生地も厚く、傷みづらいのもマル。